大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成4年(行ウ)7号 判決 1997年8月18日

原告

田中紀子

被告

埼玉県総務部県政情報センター所長

藤井稔

右訴訟代理人弁護士

関口幸男

右指定代理人

松崎徹

外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が原告に対して平成元年五月二四日付けでした行政情報非公開決定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が埼玉県行政情報公開条例(昭和五七年一二月一八日埼玉県条例第六七号、ただし、平成六年三月三一日条例第五号による改正前のもの。以下、「本件条例」という。)に基づいて、子の田中健樹(以下、「健樹」という。)に関する大宮市立宮原中学校長から埼玉県立上尾南高等学校長に提出された昭和六二年度埼玉県公立高等学校入学志願者調査書(以下、「本件調査書」という。)の公開を請求した(以下、「本件公開請求」という。)ところ、被告が非公開処分をしたため、原告が右処分の取消しを請求した事案である。

本件条例中、本件処分に関係する規定は、左記のとおりである。

(公開しないことができる行政情報等)

第六条第一項 実施機関は、次の各号の一に該当する行政情報は、公開しないことができる。

第一号 通常他人にしられたくない個人に関する情報

第五号 その他公開することにより行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかである情報

(自己情報の公開請求)

第七条 実施機関は、前条第一項の規定にかかわらず、同項第一号に該当する行政情報について、本人から公開の請求があった場合には、当該行政情報を公開しなければならない。ただし、当該行政情報が同項第二号から第五号までの一に該当するときは、この限りではない。

二  前提となる事実(認定に供した証拠を掲記した事実のほかは、争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は埼玉県に住所を有し、田中健樹(昭和四五年一〇月二二日生。)の母であり、田中康之とともに健樹の親権者であった。

健樹は、大宮市立宮原中学校を昭和六一年三月に卒業し、昭和六一年度埼玉県公立高等学校の入学者選抜において不合格となり、翌昭和六二年度に合格した。昭和六二年度の入学者選抜において、大宮市立宮原中学校長は健樹の本件調査書を作成し、これを埼玉県立上尾南高等学校長に提出した。

(二) 被告は、本件条例の実施機関から本件条例の施行に関する事務の委任を受けた行政庁である。

2  原告の情報公開請求等

原告は、平成元年五月一〇日、被告に対し、本件条例に基づいて健樹に関する本件調査書の公開を請求した。(なお、被告は、当初、原告は健樹の代理人として本件公開請求をしたと主張し、原告には本件取消訴訟を提起する原告適格はないと争っていたが、第二〇回口頭弁論期日において、右主張を撤回し、本件公開請求者は原告であることを認めるに至った(記録上明らかである。))。

3  被告の非公開処分等

被告は、本件公開請求について、平成元年五月二四日付けで本件公開請求が本件条例六条一項五号に該当するとして非公開決定処分をした(以下、「本件処分」という。)。これに対して、原告は、平成元年七月二五日、埼玉県教育委員会に対し審査請求をしたが、右教育委員会は、平成四年三月一八日、右審査請求を棄却した。

三  争点

本訴における争点は左記三項目であるが、後記のとおり本件処分における処分理由は左記第三項についての判断を挙げるにすぎないので、後記争点に対する判断おいては、このような処分理由の追加の可否についても検討することとする。

1  本件調査書は、本件条例六条一項一号に該当する情報であるかどうか。

2  親は、本件条例七条本文により、その子の情報の公開を請求することができるかどうか。

3  本件調査書は、本件条例七条但書、六条一項五号に該当する情報であるかどうか。

(被告の主張)

1  本件調査書は、本件条例六条一項一号に該当する情報であり、かつ、本件公開請求は同条例七条本文に該当しないから、本件処分は適法である。

(一) 本件条例六条一項一号は、個人のプライバシーの保護を図るため、プライバシーに関する情報は原則として何人に対しても非公開とし、唯一の例外として、同条例七条に基づき本人から公開請求があった場合にのみ、自己情報の公開を認めているところ、本件調査書は健樹の中学における学習の記録、行動及び性格の記録等が記載されているから、通常他人に知られたくない個人に関する情報であり、したがって、本件調査書の公開に関して、右七条の本人に当たるのは健樹だけであることは明らかである。

ところで、親がその子の情報の公開を請求をする場合、子は親とは別個の人格を有しているから、これを子本人の公開請求と同一視することはできない。特に子が意思能力を有する時は、子に関する情報を親に公開することが子の利益や意向に反することもあるから、親に対しても子のプライバシーを保護すべきである。すなわち、子の人権は、対外的な第三者だけでなく、対内的な親権の濫用などに対しても保護すべきである。

なお、このように解しても、原告が主張する、親としての立場から子の情報を知る権利が侵害されることはない。けだし、子が親と同じ考え方に立つならば、子は自分の名で自己の権利として公開を請求すればよく、親はその情報を子から入手すれば足りるから、親が子の情報を親固有の権利として請求できなくても、親としては不利益は生じない。

したがって、子の情報について、親に独自の公開請求権を認めるべき理由はなく、本件公開請求は、本件条例七条本文に定める例外に当たらないから、本件調査書は非公開とすべきである。

2  仮に本件公開請求について、本件条例七条本文による請求に該当すると認められる余地があるとしても、本件調査書は、その性質上、同条例六条一項五号の「公開することにより行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかである情報」に該当するから、本件条例七条但書により、非公開とされるべきである。

(一) 総論

調査書は、学校教育法施行規則(昭和二二年文部省令第一一号。以下、「規則」という。)に定められ、中学校卒業後、高等学校等に進学しようとする生徒のある場合に、その生徒の進学しようとする学校に送付される文書であり(規則五四条の三)、学力検査の成績等とともに、入学者の選抜のための資料となる文書であって(規則五九条一項)、調査書の目的は、一人一人の生徒の多面的な能力・適性等を入学者の選抜において適切に評価することにある。

埼玉県では、受験競争の激化に伴い学力偏重の弊害が指摘されてきたため、高等学校入学者を選抜するにあたり一回限りの学力検査のみに頼ることなく、中学校在学期間中に培われた生徒の多方面の資質をも重視し、総合的に判断して選抜を行うこととしている。それ故調査書は高等学校入学者選抜において、学力検査と並び重視されており、埼玉県公立高等学校入学者選抜実施要項により、各中学校長に、校長を委員長とする調査書等作成委員会を設け、当該委員会で厳正に検討したうえで、最終的に調査書を作成することを義務付けている。

このように調査書は入学者の選抜のための重要な資料となるものであるから、入学者の選抜の公正さを確保するため、生徒の能力・適正等は客観的かつ公正に記載されるよう制度的に保障される必要がある。すなわち、調査書の記載については、作成者が自分で考え、感じ、認識したところ、及びそれに対する専門的な意見を、他から影響を受けずになされることが保障されている必要があるから、そのためには、調査書は非公開とされなければならない。

ところが、もし生徒やその保護者に対して調査書を公開すると、調査書には生徒本人の優れている点だけでなくマイナス面も記載されなければならないから、教師がいかに客観的かつ公正な評価により記載をしたとしても、生徒は自己の評価を知ることによって自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失う虞がある。また、調査書における評価は通信簿等の評価と必ずしも一致しないため、生徒本人や保護者は調査書の記載の適正について誤解し反発する可能性があり、そのような誤解を解くため教師が生徒本人や保護者に対して説明を尽くしても、容易に理解を得られないということも考えられ、しかも、このような説得は、教師にとって時間的にも精神的にも相当の負担となるうえ、説得を尽くしても最終的に理解を得られない場合には生徒本人や保護者が教師や学校に対する不信感を抱いて、その後の指導に支障をきたすなどの弊害が生じる虞もある。そこで、教師としては、そのような弊害が生じることを避けようとして、調査書に生徒のマイナス面を記載することを抑制するなど、調査書の記載を形骸化させる可能性が生じる。そうなると、調査書の記載の客観性・公正性に対する信頼が減殺され、その結果、入学選抜資料における学力検査の比重が高まり、高等学校の入学者の選抜において調査書を重視するという基本方針を揺るがすことともなり、高等学校の入学者選抜制度に著しい影響を与える。

そして、調査書の公開請求が入学試験の前後になされれば、入学者の選抜に関する事務は大混乱する。すなわち、調査書が各高等学校に提出されてから学力検査までは、約二週間しかなく、この期間に調査書の公開請求が集中すれば、調査書の各項目を評価したり選抜のための資料を作成したりする作業が滞り、入学者の選抜に関する事務が大混乱に陥る。

また、調査書の公開請求が当該生徒の卒業後になされたとしても、生徒と教師の関係は、卒業で終了するのではなく、その後の進路指導や生活相談など、卒業後も継続するのであるから、教師は、卒業後に調査書が公開された場合に生徒本人や保護者の不信感や遺恨を招くことをおそれ、調査書に生徒のマイナス面の評価を記載することを抑制する可能性がある。したがって、在学中の生徒による公開請求と同様に、調査書が形骸化するという弊害が生じることとなる。

ちなみに、大阪府教育委員会において調査書を公開しているのは、調査書の記載はごく簡単であり、また、生徒の長所のみを特に評価して記載する方式であるので、調査書を公開しても弊害が少ないためである。これに対し、埼玉県においては調査書の記載が詳細で、生徒のマイナス面も記載する方式であるから、これを公開することとすれば、生徒に与える不信感あるいは調査書の形骸化による影響等も大きくなるので、他の自治体と同様に解することはできない。

(二) 各論

調査書の記載事項のうち、評価に係る事項は公開することができないのであって、その内容は以下のとおりである。

(1) 「各教科の学習の記録」欄について

本件におけるような過年度卒業生の調査書の「各教科の学習の記録」の成績評定は、指導要録に記入されている五段階評定を記入することとなっているが、指導要録における評定は、日常の授業における関心や態度、テストの成績、レポートや提出物等の評価が加味されており、これらの要素がどのような割合で評価されるかを含めて、教師による評価である。

(2) 「特別活動の記録等」中、生徒会活動・クラブ活動・学級会活動の各「活動状況」欄について

本欄には、各活動に関する主な事実を具体的に記入することとされているが、事実のほか、各活動に取り組む態度、すなわち、教師による評価が記載されていることが多い。また、事実のみが記載されている場合でも、多くの事実から主な事項を選択して記載するという意味で、教師による評価に準じた事項が記載されているとみなされる。

(3) 「特別活動の記録等」中、「その他」欄について

本欄には、修学旅行、運動会、文化祭等において顕著な活動があった場合にその項目と活動状況を記入することとされている。これについても、各活動状況について、取り組む態度等、教師による評価も記載されることが多い。また、どの活動を取り上げるかを決めるにあたって、顕著な活動であるかの判断をするが、そのこと自体、評価に準じたものである。

(4) 「出欠の記録」中、「欠席の主な理由」欄について

本欄には、各学年ごとに欠席日数の合計が一〇日以上の者について、その主な理由を記入することとされており、病名等の事実だけでなく、怠学、登校拒否等、事実に基づいた評価が記載されることもある。このような場合に、事実だけ公開し評価を非公開とすると、本欄を非公開にされたこと自体から、何らかの自己に不利益な評価が記載されたと憶測され、そのため記載事項そのものの公開を受けなくても、教員に対して不平・不満等が向けられる虞があるので、単に評価の記載だけを非公開とするのでは足りず、事実の記載も含め全体として非公開とする必要がある。

(5) 「行動及び性格の記録」及び「その他の所見」について

本欄は、教師が記述式で生徒の評価を記載しているため、本人や保護者の反発や誤解を最も受けやすく、したがって、形骸化の危険の最も大きい項目である。

3  原告主張の個別事情は考慮されるべきではない。

個人情報保護条例は、憲法一三条により保障される幸福追求権の一環としてのプライバシー権を実定法上の権利として定めたものであり、個人情報の適正な取扱いの万全を期し、個人の権利利益を保護することを目的としているので、開示・不開示の判断は、各事案について請求人の置かれた個別の事情を斟酌して、ケースバイケースで行われている。これに対し、本件は憲法二一条等から導かれる知る権利を実定法上の権利として定めた本件条例に基づく請求である。本件条例は県政の公正な執行と県民の信頼の確保を図ると共に、県民の県政参加を推進するために制定されたものであるから、請求人によって公開の範囲が変わることはなく、同一の文書に対する公開請求については何人からのものであっても同一の処分を行うことになる。すなわち、本件条例に基づく公開・非公開の判断は、対象文書の内容・性格だけから本件条例所定の非公開事由に該当するかどうかの観点から行われるものである。したがって、後記のような原告の主張する特殊事情は、仮にこれがあったとしても、斟酌することができない。

(原告の反論)

1  本件調査書が本件条例六条一項一号に該当しても、原告による本件公開請求は、親として子の教育情報を知る権利等に基づく請求であるので、同条例七条本文に該当し、公開されなければならない。

(一) 親は、未成年の子に対し、親権者として、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。このような親の地位は、親子の関係そのものから生じる自然法的な権利義務関係である。親が子を監護し、教育するについて国家に不当に干渉されない自由を有することは、憲法一三条の保障するところであり、憲法二三条、二四条、二六条二項もこのような前憲法的な親の権利を前提としている。我が国が批准している国際人権規約及び児童の権利に関する条約においても、国が親の子に対する権利を尊重すべきことを定めている。

そして、親が教育権を行使し、親としての責任を果たすためには、子の教育に関する情報を知る権利が認められるべきは当然である。ここにいう情報を知る権利とは、子の自己情報開示請求権と一体をなし、これに代わりあるいはこれを補う性格のものと理解すべきであって、親の請求権が子の利益と対立するものとしてこれを否定するのは、親の教育権そのものを否定するに等しい。

また、個別的な実定法上の規定がなくとも、憲法一三条、二六条に基づく具体的権利として、親の教育権保護のため、学校や教育委員会に対する親の教育情報開示請求権が直接導かれる。

(二) 本件においては、原告が親としての立場から、中学校や大宮市教育委員会に健樹に対する教師の暴行についての教職員事故報告書の公開及び訂正を求めてこれを実現し、その後内申書の公開を求めてその一部の公開と訂正を実現した経緯があり、右経過において原告と子本人との間に利害の対立が生じたことはなく、本件公開請求においても利害の対立は何ら生じていないのであるから、子のプライバシー保護を根拠に親である原告の公開請求権が否定されるいわれはない。

被告は、子が自己の公開請求権を行使し、親は子を通じて情報を入手すれば足りると主張するけれども、親は、一般の代理人とは異なり、子を指導監督する義務があり、そのため子の行為について責任を負うこともあるから、子の公開請求権とは個別に親としての独自の請求権を認める必要がある。加えて、未成年の子が公の制度により権利行使をするのは実際には容易なことではない。たとえば、体罰等により侵害を受けた子は心身共に大きなダメージを受けているから、そのような状況下で事実を解明し、しかるべき措置を時機を失することなく行うためには、親自身が行動することが必要であって、このように、親自身の公開請求権を認める実質的な必要性が存在する。

また、被告は、子と親の利益が相反し親が親権を濫用するような場合を指摘するが、このような事態は極めて例外であり、その場合は親の公開請求も濫用として対処すればよいのであって、例外的な場合を想定して親権者の公開請求権を否定するのは不条理である。

(三) 次に、子の成長のための学習環境と進路決定に適切な指示・助言をすべき親にとっては、進学に重要な意味を持つ調査書の開示を求める意義は大きく、また開示を求める十分な理由がある。すなわち、第一に、内申書は子どもの進学への期待権や学校選択権に強く触れうるし、第二に、親の知る権利の対象のうち最も重要なのは、子どもの成績や成績に関係する態度・行動についての情報及び進学適正評価に関する情報である。第三に、教育における法治主義原則からの要請、つまり学校の重要な決定の基礎をなした評価を秘密にしておくことは、法治国家的な学校行政の精神に抵触する。第四に、内申書は当事者に開示した方がむしろその内容について公平が担保される。第五に、内申書を生徒側に開示した方がはるかに良く教育的である。

(四) また、諸外国の制度をみても、(1)アメリカでは家族の教育上の権利及びプライバシーに関する法律(いわゆるバックレイ法)により親が子どもの学校の記録に開示請求権を有するとされ、その対象となるのは成績、懲戒記録、健康情報、性格評価等を広く含み、原則的には親に権利があり、子どもが一八歳に達すると親の権利を子どもが行使するという規定になっている。(2)ドイツでは学校に対する親の情報請求権はボン基本法六条二項から直接に具体的権利として導かれると解されており、憲法裁判所においてもこの旨判示されている。(3)イギリスにおいても教育改革法に基づく教育規則により、生徒の指導要録について、生徒及び親に閲覧の権利を認めている。この権利は子どもが一六歳未満のときには親だけに、子どもが一六歳から一七歳のときには子どもと親に、子どもが一八歳以上のときには子どもだけに与えられている。(4)フランスでは、日本の指導要録にあたる学習記録簿が定期的に親(本人が成人していれば本人)に通知される。これが転校・進学の際には送付されるので、これが内申書としても機能している。

(五) 以上のとおり、親は、子と同様の立場で、あるいは固有の権利として、子の教育に関する情報の公開を請求する権利を有しており、親である原告の行った本件公開請求は、本件条例七条に該当する。

2  本件調査書は、その性質上、本件条例六条一項五号の「公開することにより行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかである情報」に該当しない。

(一) 総論について

調査書は、本人に対する全般的な評価を記載したものであり、進学に大きな意味を持つ文書であるから、作成者の恣意により虚偽ないし不正確な記載がなされることこそが問題であり、このような誤りを排除し、正確な調査書を作成するためには、これを公開して、生徒本人や保護者の見解を聞くことが必要である。仮に、生徒本人や保護者が調査書の内容に対し不当な批判をしたとしても、調査書の作成が調査書等作成委員会の検討を経て厳正に作成されているのであれば、教師が右批判に屈して調査書の記載を変更することは一般に考えられず、そのような事態が生じてもそれはあくまで例外的な場合にすぎないから、調査書に対する信頼が一般に低下するということはできない。むしろ、公開を前提としてこそ、教師・学校と生徒・親の信頼関係が成り立つというべきである。

また、本件のように既に生徒が中学校を卒業し高校受験も済ましている場合には、生徒に対するその後の指導に支障が生じるとか、生徒本人や保護者から教師に圧力がかかるとか、高等学校における入試事務が停滞するという事態は生じ得ないので、非公開の理由は存しない。

現に、大阪府高槻市、箕面市及び豊中市、川崎市、厚木市、東京都中野区、新潟市、那覇市、福岡県、逗子市など、多くの自治体では指導要録ないし調査書を公開していることからも、被告が主張するような非公開の理由は不当であることが明らかである。

なお、被告は、埼玉県においては調査書の記載内容が詳細であるから、たとえ大阪府等で調査書が公開されているとしても、埼玉県では非公開とすべきである旨主張しているが、むしろ調査書を重視すればするほど、記載内容が詳細であればあるほど、開示による批判にも耐えるものでなければならないのであって、調査書の記載内容が詳しいことは非公開の理由とはならない。

(二) 各論について

本件調査書の記載事項を個別にみれば、客観的事実の記載であって評価の記載とはいえないものが多く存在する。

(1) 「各教科の学習の記録」欄について

本欄のうち、少なくとも、「評定」欄、「備考」欄については、評価手続が客観的なものである上、評価が確定して調査書が作成された後に教師の主観的な判断によって変更される可能性はないから、客観的事実の記載に類するものである。また、成績評定は、既に通知票などを通じて本人に知らされていることからも、非公開とする理由はない。

また、「学習状況」欄についても、評定の延長にあるから、主観的な判断が主になるものではない。客観的事実の記載に類するものである。したがって、本欄全体について、公開により公正な調査書の作成が困難になるとは言えない。

(2) 「特別活動の記録等」中、生徒会活動・クラブ活動・学級会活動の各「活動状況」欄、「学校行事」欄及び「その他」欄について

本欄も、客観的事実の記載であり、公開することで公正な調査書の作成が困難になるとは言えない。

(3) 「出欠の記録」中、「欠席の主な理由」欄について

本欄も、客観的事実の記載であり、公開することで公正な調査書の作成が困難になるとは言えない。

(4) 「行動及び性格の記録」及び「その他の所見」欄について

本欄は、まさに判断・評価に係る事項であるが、右(一)に主張したとおり、非公開とすべき理由はない。

尤も、評価に係る事項について原則的には非公開とする見解によったとしても、本件においては、右欄を例外的に公開すべき特別な事情がある。すなわち、健樹は中学校在学中に教師から体罰を受け、入院等のため学校を欠席したが、昭和六一年の調査書の所見欄には「事故が起き、これが遠因となり、さらに三年時の学級編成替えなどがあって、登校拒否症状を呈しはじめ、登校したときも情緒不安定の様相を示すようになりました。」と記載され、このことを卒業後知った原告が事実に則した訂正をするよう申し入れたところ、翌年の調査書では、「事故が起き、これが原因となり、その直後から時々頭痛を訴えるようになった。三年になってから頭痛に加えて、めまい、立ちくらみの症状もあらわれ、徐々にこの症状は激しくなり、通院し、欠席がちになりました。」との記載に訂正されたという経緯があり、また、右の欠席日数は真実は一二〇日であるのに、後に健樹が自ら公開請求して一部公開された調査書では欠席日数が四五日と記載されていたなど、調査書の正確性・公正性を疑わせるような事情がある。したがって、このような経緯からすれば、少なくとも本件においては、本件調査書中の判断・評価が含まれる部分こそ公開すべき特別な事情がある。

3  本件は自己情報開示請求権に基づくから個別事情を考慮すべきである。

自己情報の開示請求権はプライバシーの積極的側面としての自己情報コントロール権に由来するものであるから、本来、個人情報保護条例に規定されるべきものである。しかし、個人情報保護条例を制定する以前に情報公開条例を制定することになった地方自治体では、個人情報の保護を早期に実現するべく、先に制定された情報公開条例の中に自己情報の開示請求権を規定したのであって、このような事情は埼玉県においても同様である。それ故自己情報の開示請求権は情報公開条例の中に規定されていても、その性格には変わりがない。したがって、本件条例に基づく自己情報開示請求においても、請求人である原告の個別事情を考慮すべきである。

第三  争点に対する判断

一  追加主張の許否について

本訴における争点は、前記の三項目であるが、成立に争いのない乙第三号証によれば、本件処分の決定通知書においては、処分理由として、本件調査書がその公開によって今後実施される当該公立高等学校の入学者選抜に係る事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかであり、本件条例六条一項五号に該当する情報であることを挙げているのみである。したがって、前記争点第一項と第二項は、被告が本訴において初めて非公開理由として主張したものであるから、争点に対する判断に入る前に、先ずこのような処分理由の追加主張の可否について検討する。

一般に行政処分の取消訴訟における審判の対象は、行政処分の違法性一般であり、本件処分においても処分理由の追加により審判の対象を異にするものではない。しかし、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件条例一〇条四項は、公開請求に係る行政情報を公開しないことと決定したときは、その理由を記載した書面により、当該決定の内容を請求者に通知しなければならないと定めている。本件条例がこのように非公開決定に理由の附記を求めているのは、非公開理由の有無につき実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、非公開理由を請求者に知らせることによって不服申立てに便宜を与える趣旨であると解されるから、附記されていない理由の追加主張を無制限に許容すべきではなく、請求者たる原告の不服申立て及び防御の利益に鑑み一定の考慮が必要であると解すべきである。

そこで、本件についてみると、成立に争いのない乙第四号証によれば、請求又は申請する行政情報として、「昭和六二年度埼玉県公立高等学校入学志願者調査書(県立上尾南高等学校)田中健樹(大宮市宮原町四―二〇―一二)に係るもの」と記載されていることが認められ、また、前掲乙第三号証によれば、本件処分の決定通知書の理由中には、「当該請求情報は、学校教育法第四九条に基づき、同法施行規則第五四条の三の規定を受け、埼玉県教育委員会が毎年定める埼玉県公立高等学校入学者選抜実施要領に基づく調査書であり、同法施行規則第五九条第一項の規定により高等学校の入学者の選抜のための学力検査の成績とともに、重要な資料となるものである。」と記載されていることが認められる。これらの記載内容を照らし合わせれば、本件調査書が健樹に関する調査書であって本件条例六条一項一号にいう「通常他人に知られたくない個人に関する情報」であることは自ずと明らかになっているということができ、また、本件公開請求が子本人以外の者による請求であることは当初より明らかであったといいうるから、本件処分当時の処分理由と追加される処分理由との間には、基礎となる事実関係に変更はないということができる。また、成立に争いのない甲第一号証によれば、前記裁決書における審査請求の理由(2)において「調査書が公正に記載されるためには、記載内容を本人、保護者に対して公開することが必要である。」、同(3)において「記載内容を本人、保護者に公開して記載内容のコントロールと承認を受けることが必要である」、同(4)において「本人、保護者に公開されるべきである」とそれぞれ記載されていること、及び同(1)において「本件調査書の公開請求は、憲法二六条の教育を受ける権利に内在している教育上の自己情報を知る権利の行使として、是認されるべきである。」と記載されていることが認められ、これによれば、原告は、審査請求の段階から、親である原告にも自己情報として子に係る調査書の公開を請求する権利があると主張していることが認められる。したがって、本訴において非公開の処分理由が前記のように追加されたとしても、右追加主張に対する原告の応答・反論の内容は、従前と基本的な変更はなく、追加された処分理由に対して新たな主張を展開せずに従前の主張を敷衍するだけで足りると考えられるから、右処分理由を追加しても、原告が防御をする上で実質的な不利益はないということができる。

右のような事情に照らすと、被告が本訴において前記のような処分理由の追加をしたとしても、直ちに本件条例が理由の附記を求めた趣旨を没却するものとはいえないから、右追加主張をすることは許容されるというべきである。

二  争点1について

本件調査書は、前記のとおり埼玉県公立高等学校の入学者選抜において大宮市立宮原中学校長から埼玉県立上尾南高等学校長に提出されたものであり、成立に争いがない乙第八号証によれば、調査書の記載事項は、生徒氏名、生年月日、志願先高等学校、各教科の学習の記録、特別活動の記録(生徒会活動、クラブ活動、学級会活動、学校行事、その他)、行動及び性格の記録、出欠の記録、健康診断の記録、その他の所見等であることが認められ、右記載事項に照らすと、その記載内容は、本件条例六条一項一号所定の「通常他人に知られたくない個人に関する情報」に該当するものと認められる。

三  争点2について

1  原告は、親はその教育権に基づいて子の教育に関する情報を知る権利を有しており、あるいは、憲法一三条、二六条から親の子の教育情報開示請求権が直接導かれると主張する。しかしながら、親の教育権という概念自体がその憲法上の根拠規定、権利の内容、就中これから派生する権能を巡って議論があるところであって、親の教育権を認めうるとしても、その権能として、実定法の規定がなくとも親の子についての教育情報の公開を請求しうる具体的権利が発生するとまで解することはできない。また憲法一三条の規定は国家に対する政策的目標を定めたものであって、右規定から直接個別具体的な国民の請求権が発生するとは解しえず、また憲法二六条によって子供の学習権が認められるけれども、右規定から直接親の子の教育情報開示請求権が発生すると解することはできない。すなわち、具体的な情報公開請求権は、憲法や親の教育権から直接発生するものではなく、法律あるいは条例により、請求権者の資格、請求権行使の方法・手続、開示を求めうる情報の内容や範囲等が具体的に制定されることによって初めて成立するものと解される。それ故、子についての情報につき親に具体的な公開請求権を認められるかどうかも、個別的な立法政策の問題である。したがって、原告の右主張は、採用することができない。

2  そこで、本件条例に定められている具体的な情報公開請求権は、本件条例により創設的に認められた権利であって、開示請求権者の資格、範囲、公開請求の対象となる情報も、本件条例によって定められるものである。したがって、原告が本件調査書の公開請求権を有するかどうかも、本件条例の関係規定の解釈によって決定すべきものである。

そこで、本件条例の規定について検討すると、本件条例七条本文は、同条例六条一項一号に該当する行政情報について、本人から公開の請求があった場合には、当該行政情報を公開しなければならないと定めているところ、右六条一項一号に定める情報は通常他人に知られたくない個人に関する情報、すなわち個人のプライバシーに関するものとして非公開の保護を受ける情報であることに鑑みると、右七条にいう「本人」、すなわち同条に基づく情報公開請求権を有する者は、当該情報の対象である個人を意味するものと解される。そうすると、本件調査書は健樹に関する情報が記載されているから、同人が右にいう本人に当たり、原告はこれに当たらないことは明らかである。したがって、原告は、右七条に基づく本件調査書の公開請求権を有しないといわなければならない。

なお、成立に争いのない乙第一〇号証によれば、本件公開請求後の平成六年三月三一日制定され、同年一〇月一日から施行された埼玉県個人情報保護条例一二条二項は、「未成年者又は禁治産者の法定代理人は、実施機関が定めるところにより、本人に代わって前項の開示の請求をすることができる」旨定めるが、規定の趣旨は、法定代理人が開示請求をするときはその請求の方式等は実施機関が定めるところによるべきことを定めた点にあり、右に「本人に代わって」とは、その文言によっても法定代理人に固有の開示請求権を認めるような特別の制度を設けたものではなく、「法定代理人が代理人として請求する」との当然の事柄を表現しているにすぎないことが明らかである。このように、個人情報保護条例と情報公開条例との立法目的の異同は措くとしても、個人情報保護条例においても、子の個人情報について、親自身による情報開示請求権は認められていない。

3  原告は、本人が未成年の子である場合は、子のプライバシー保護を理由として親の情報公開請求権を否定すべきではなく、また、親に独自の公開請求権を認めるべき必要性があり、更には、本件公開請求については原告と健樹との間で利害の対立が生じておらず、健樹のプライバシーの保護は問題とならないから、親である原告に独自の公開請求権を認めるべきであると主張する。

しかし、前記のように本件条例七条に基づき同条例六条一項一号の個人情報の公開を請求することができる者は当該情報の対象となっている個人に限られ、右個人以外の者は、人的関係その他利害関係を有しようとも、第三者として右個人情報の公開請求権を認められないのであり、また、同条によれば、右のような特定の個人情報について当該個人以外の者から公開請求がなされた場合に、実施機関は、当該個人の同意の有無や利害関係を判断し、同意がありあるいは利害関係の対立がないと認めるときは右個人情報を公開するような処分権限を有せず、第三者の公開請求としてすべてこれを許さない処分をすべきことは明らかである。また、第三者から右のような個人情報について公開請求があった場合、本人がこれに承諾をしているからといって本件条例七条本文の本人請求を同視し得ないことも当然である。したがって、親が子の右のような個人情報の公開請求を行った時も同様であって、右七条の規定上、実質的にプライバシー保護の必要性がないとかあるいは親が情報を知る必要性があるとの理由によって、親の子の個人情報の公開請求権を認めることはできない(尤も、子が死亡により請求権を行使することが不可能である場合には、親独自の請求権を肯定しうる余地はあろう。)。

ちなみに、本件においては、健樹は昭和四五年一〇月二二日生まれであるから、原告が本件調査書の公開を請求した当時は既に一八歳であって、自ら公開請求をするかどうかを充分判断しうる年齢に達していたということができる。そして、親と子であっても、その人格がそれぞれ別個であることは当然であるから、子は、相応の年齢の達した時には、親に対する関係においてもプライバシーを保護される権利を有しているといわなければならないし、また、子と親との利害が反するとまではいえなくても、子が親の干渉を拒み、自己に関する情報を親が入手することに抵抗を覚えるといった事態も容易に予想されるところである。このように様々な事例を考慮するときは、少なくとも子が自己の情報公開請求権を行使するかどうかを判断しうる年齢に達した場合には、未成年の子の親であるといえども、親が子のプレイバシーに係る情報を独自の権利として公開請求できると解することは、子のプライバシーを軽視するものであって許されないというべきである。これを実質的にみても、仮に親子の意向が一致していれば、子が自ら自己情報の公開請求をすれば、親は子を通じて当該情報を入手できるのであるから、子を通じて情報を入手することが不可能な場合等を除き、親独自の請求権を肯定する必要性に乏しい。尤も、原告は、子が自ら権利行使をするのが困難な場合もあると主張するけれども、子が自ら権利行使をすることが困難な場合には、親は子の代理人として請求権の行使を補助すれば足り、必ずしも子本人が能動的に行動する必要はないから、右主張は親独自の請求権を肯定する根拠とはなりえないというべきである。

四  以上のとおり、本件調査書は、本件条例六条一項一号に該当する個人情報であり、原告は右情報の本人ではなく、したがって、本件調査書につき、同条例七条本文に基づく公開請求権を有しないから、本件調査書を非公開とした本件処分は適法である。

五  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大喜多啓光 裁判官小島浩 裁判官鈴木雄輔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例